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大阪家庭裁判所 昭和51年(家)412号 審判

申立人 岩崎良行(仮名)

事件本人 岩崎泰紀(仮名)

主文

事件本人の親権者を申立人に変更する。

理由

一  申立人は主文同旨の審判を求め、その申立の実情として述べるところは次のとおりである。

申立人は事件本人の父であるが、事件本人の母大場康子とは昭和四七年四月一七日協議離婚し、その際事件本人の親権者を母康子と定めた。ところが、康子は同年六月二三日死亡し、事件本人の後見人として大場美智夫が選任された。しかし、申立人は上記離婚以来今日まで継続して事件本人を監護養育してきたもので、今後親権者として事件本人を監護養育したく、本申立に及んだ。

二  本件記録中の申立人の戸籍謄本および和歌山家庭裁判所に対する調査嘱託の結果、昭和四八年(家)第六〇七号後見人選任申立記録および同後見事件調査記録、ならびに申立人に対する審問の結果を総合すると、次の各事実が認められる。

(1)  申立人と大場康子とは昭和三八年三月一四日婚姻の届出を了し、同年一〇月一六日長男佳紀と次男泰紀(事件本人)の双生児を儲けたが、昭和四二年頃から夫婦仲が不和となり、昭和四七年四月一七日協議離婚し、その際長男佳紀の親権者を申立人父に、事件本人の親権者を母康子と定めた。

(2)  康子は離婚後事件本人を申立人の許より引き取つて監護養育したい希望を有していたが、病に冒され実家に近い○○○××病院に入院したため、申立人は当時小学校二年生の事件本人を康子に引き渡さずにそのまま長男佳紀と共に同居生活を続け、当初は実母の援助を得て今日まで継続して事件本人を監護養育してきた。

(3)  入院した康子は、昭和四七年六月二三日死亡し事件本人につき親権を行う者がない状態となつたが、長男佳紀および事件本人は亡康子の唯一の遺産である不動産(○○○市△△△四三の一宅地六〇九、七一平方メートルの持分二分の一)を相続しその相続登記手続をなす必要から、康子の母方の叔父にあたる大場美智夫は当裁判所に後見人選任の申立(昭和四八年(家)第六〇七号)をなし、昭和四八年三月二〇日同人が事件本人の後見人に選任された。

(4)  しかし後見人大場美智夫は、和歌山市内に居住し、大阪市に居住する事件本人とは殆んど接触はなく、不動産管理上も上記後見人選任申立当時その候補者としては事件本人と同居し愛情もある父親の申立人が適当であると考えていた程で、このたび事件本人の父親から本件申立がなされたことを知るや申立人が事件本人の親権者となることに異議なく、自らは後見人辞任の申立(昭和五一年(家)第一四四六号)をなした。

(5)  申立人は、昭和五〇年六月五日神谷昭子(昭和九年七月一五日生)と再婚し、現在○○市の××事業会社の会社員として月収約二〇万円を得ており、秘書として勤める妻昭子の月収約一〇万円と合せて肩書住所の公団住宅で事件本人らと安定した生活を送つており、事件本人は双生児の兄と共に現在○○中学校一年生で平穏に通学しており継母昭子にもよくなついて格別の問題もなく、順調に成育している状況にある。

(6)  申立人は、離婚以来長男佳紀と事件本人とを双生児の兄弟として全く同様に監護・教育してきたのに、長男は申立人が親権者、次男の事件本人は大場美智夫が後見人という不自然な形で父親として忍びがたいものがあり、事件本人に与える心理的な悪影響を心配してこの際事件本人についても後見人ではなく親権者の地位に就きたいと強く希望している。

三  本件のように、離婚の際単独親権者と定められた一方の親が死亡し、後見人が選任された後、生存する他方の親への親権者変更が許されるかどうかについては立法上明確でなく争いのあるところであるが、これを積極に解すべきである。けだし、未成年子の監護教育は父母が親権者として自然の愛情に基づいてその任にあたるのを本則とし、このような親権者がない場合あるいはその親権行使が制限される場合にいわば補充的に後見人がその任にあたるものとしているのが民法の基本的態度と解され、従つて親権者たりうる者が存在しかつ適任者であるならば、その者を後見人としてではなく親権者として監護教育を全うさせる方がより制度の趣旨に合致し子の福祉に適合するわけで、現行法上変更を認める解釈の余地ある限り親権を優先させるべきである。また、生存する親は後見人としてではなく親権者の地位で子の監護教育にあたりたいと希望するのが一般的な国民感情にも適する。のみならず、親権の剥奪ないし辞任、親権者の所在不明により後見人が選任された後であつても事情の如何によつては親権を回復しうる(民法第八三六条、第八三七条第二項、第三二条)民法の立場からすれば、後見人選任の有無は本件のような親権者変更の可否に理論上なんら影響しないと解すべきである。

なお親権者変更事件は、いわゆる乙類審判事件と定められているところから相手方の不存在ということが手続法的に疑問となるが、乙類審判事件であつても必ずしも対立当事者を予定するものと考える必要はなく、この場合の親権者変更というのは、従来非親権者であつた親を親権者たる地位に就けることを本質としているもので、むしろ甲類審判的色彩が強く、審判による限り相手方を要しないものと解すべきである。

四  以上によれば、事件本人について後見人選任事由があるのであるが、申立人には特に親たる地位において親権者として事件本人を監護養育あるいは財産管理するにふさわしい事情が認められるので、父たる申立人を親権者の地位に就けるべく、事件本人の親権者を申立人に変更するのが相当である。

よつて主文のとおり審判する。

(家事審判官 三村健治)

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